『くそじじいとくそばばあの日本史』著者・大塚ひかりさんが、古典の魅力を語る
今回のラジオは、大塚ひかりさんがゲストです
鈴木 早速お呼びしましょう。古典エッセイストの大塚ひかりさんと電話がつながっています。大塚さん、よろしくお願いします。
大塚 よろしくお願いします。
大垣 こんにちは。
残間 よろしくお願いします。
鈴木 まず、大塚ひかりさんのプロフィールをご紹介します。1961年神奈川県のお生まれ。早稲田大学第一文学部日本史学専攻をご卒業後、出版社勤務を経て古典エッセイストに。著書に『ブス論』『源氏の男はみんなサイテー』『昔話はなぜおじいさんとおばあさんが主役なのか』『源氏物語の教え』『エロスで読み解く万葉集 えろまん』など。また、源氏物語の現代語訳も手掛けていらっしゃいます。大塚ひかりさんです、よろしくお願いします。
大塚 よろしくお願いします。
お声とご著作にギャップが・・・?!
残間 どんな方かなと思って、色々調べて。お会いしたことがないので、どんな面立ちなのかしらと思ったら、本当に、素敵な感じで。
大塚 ありがとうございます。
残間 文章はまた文章で、とても魅力的ですけど、こんなふうに大胆に切り込んでいくような雰囲気の方にはお見受けできなかったので。
大塚 そうですか(笑)。
古典の新しい切り口を提示している
残間 でも、確かに、古典の中でこの切り口ってなかったですね。
大塚 そうですかね。
残間 大塚さんのように、一つ切り口を定めて、視点が定まった形でこういうふうに切り取っているっていうのはなかったのと。
長寿って、そこまで珍しいことではなかった?
残間 私たちも、大垣さんもいつも言っているんですけど、みんな長寿、長寿って言ってるけど、大塚さんの御本を拝読すると、昔もみんな長寿だったっていう話、結構出てくるんですね。
大塚 そうなんです。意外と、長寿な人は長寿なんです。
鈴木 そうなんですね。
残間 乳幼児の死亡率が高かったから。
大塚 そうなんです。異常に高かった。平均寿命は低くても、平均余命は。生きれば、そのあとは割と生きるんですね。
残間 私たち、なんとなく、家康とか、あのへんの時代、江戸時代だと、50歳で終わりみたいな感じで思ってましたけど、65ぐらいまでいった人はやっぱり、85過ぎまで生きるって書いてありましたね。
大塚 そうなんです。家康だって70過ぎまで生きているし。
「くそじじい」や「くそばばあ」に勇気づけられる
残間 私が、この人の文学はすごいと思っていたような、一休さんとか、いろんな人が、「えっ、実はこんな裏面紙もあったのか」と驚くようなところもあったし。でも、我々の世代、私はもう70歳を超えましたが、勇気づけられますよね。やっぱり。
大塚 そうですね。
残間 大塚さんのおっしゃる「クソじじいとクソばばあ」っていうのは、鈴木さんも可愛らしく読んだけど、いいですよね、くそばばあになろうっていうのって。
大塚 そうですね。今、アクティブ老人とか、色々、老害とか、言われていて、ちょっと肩身が狭いかなと思うんですけど、もうちょっと、長生きで元気っていう、プラスに捉えたいなっていうか。
大垣 このところ、こういう言葉遣いをすること自体を「いけない」みたいな感じで、どんどん普通の単語でしかものが書けなくなっている感じがあるので。こうやって、スッとこういう言葉を使ってくださると、良かったなと。
残間 使う人にもよるんですよ。
大垣 そうかもね。
残間 大塚さん、「ねっ」て。
くそじじいという言葉をタイトルに使うことには反対もあった
大塚 でも、反対もあったんですよ。それに関しては、版元とも。
大垣 そうそう、編集者が一番怖がりますよね。
大塚 クソばばあはいいけど、クソじじいはだめとか。
鈴木 えっ、どうして?!
大垣 それ、なんでなの。
大塚 なんか、男の人は傷つきやすいとか、わけの分かんない理由で。女だって傷つきますよね。
大垣 っていうか、クソババアのほうがよっぽど危ない感じがするけど。
残間 鬼婆って言うけど、鬼じじって言わなかったけど、大塚さんの中に「鬼じじ」って出てきますよね。
大塚 そうですね。
大垣 どんな人が。
残間 結構、年取ると、ババアのほうが悪いように言われていた例が多いけど。
大垣 頑固ジジイはいるけど、鬼なジジイ。
大塚 鬼ジジイっていうのはそんなには。鬼婆はポピュラーなんですけど、探せばいないことはないんですよね。
古典の「ジジババたち」は、お人好し一辺倒というわけではなく・・・
残間 大塚さんが肯定してらっしゃるオババとオジジは、みんな、それこそアクティブで、ちょっと意地悪っていうか、エスプリがきいてますよね。
大塚 そうですね。昔話のおじいさんとおばあさんも、必ずしもお人好し一辺倒っていうわけじゃないんですよね。
残間 (笑)。そうですよね。
大垣 そうしないと長生きできなかったのかもしれない。
一寸法師の育て親は、一寸法師が疎ましくて旅に出した?!
残間 たとえば、みんながよく知っているので言うと、大塚さん、なんですか。
大塚 一寸法師のおじいさんとおばあさんなんかは、あれは、原文というか、原話なんかでは、歳をとって子供ができないからということで、せっかく神から授かった一寸法師なのに、だんだん厄介者に感じているんですよね。
大垣 ああ。
大塚 で、「この化け物風情はいなくなってほしい」みたいなことを、おじいさんとおばあさんが言っていて。それで、いたたまれなくなって、一寸法師は家出同然に出ていくっていう設定だったりとかね。
残間 違うふうになってますよね、今は。
海幸・山幸は、悪いことをしたほうが勝っている・・・
大塚 ええ。あとは、海幸・山幸なんていうのは、山幸はものすごく長生き、580歳まで生きたっていう設定なんですけど、釣り針、お兄さんの釣り針を無くして、無くした挙句に、1000本作ってもお兄さんが許してくれないって。そんな自分で作れるんだったら最初から借りなきゃいいじゃないですか。
大垣 (笑)。
大塚 あと、無くした挙句に、お兄さんを呪うような、そういう設定だったりするんですよ。でも、勝つんですよね、そういうほうが。
大垣 なるほどねえ。
欲望や欲得が厳選として横たわる童話の世界
残間 なんか、童話の中にもすごく残虐性とか、残酷なものが潜んでいるとか言われるけど、日本のほのぼのとした昔話の中にも、やっぱり、欲望みたいなものや、欲得みたいなものの、源泉になって横たわっていますよね。
大塚 横たわっていますね。マイナスの感情だけじゃなくて、セックスとか、そういうのも、しっかり下ネタなんかも、真正面から見据えて書かれていますよね。
源氏物語ではバリキャリで楽しく生き、恋愛も楽しむ高齢女性の図が
残間 基本的には男の人のほうが年上で、女の人のほうが、歳が若いっていうほうがなんとなく収まりがつくように日本では言われているけれども、古典を紐解くと、それでも結構頑張っているおばあさんもいたんですよね。
大塚 います。この本には書かなかったんですけど、源氏物語の、源典侍(げんのないしのすけ)とか。
残間 そうですよね。57、8。
大塚 57、8で。
残間 18の。
大塚 源氏の親友の頭の中将と関係しちゃうんですね。
残間 でも、あれは笑い物みたいにしてますよね。
大塚 笑い物にされているんですけど、でも、実は彼女の設定って、キャリアウーマンなんですよ。帝の信任厚くて、琵琶の腕前は並ぶ人がいないっていう、そういう、意外といい設定でもあるんですよ。
残間 そうなんですか。今の時代も、お金持ちの年長の女の人に群がる若い男の子っているもんね。
大垣 うん。
大塚 そうなんです。一応、笑われ役ではあるんだけど、結局源氏物語って早死にする女君が多い中、彼女は70過ぎまで物語に出てきて、出家したあとも、割と色っぽい雰囲気を醸して、源氏に辟易されるみたいな設定なんですけど、一番楽しく生きてる感じがするのは源典侍(げんのないしのすけ)かな。
鈴木 まだまだお話を伺いたいんですけれども、大塚ひかりさんに、一曲お届けしてから、また後半もお話をうかがわせてください。よろしくお願いします。
大塚 よろしくお願いします。
大人世代は、古典と自分を重ねることも・・・
鈴木 引き続き、古典エッセイスト、大塚ひかりさんにお話を伺います。よろしくお願いします。
大塚 よろしくお願いします。
残間 大塚さんの著書で、もちろん、おじいさんとおばあさんだけじゃなくて、幅広いジャンルですけれども、とりわけ大人世代は、やっぱり、古典と重ねて教えてくださってるあたりに、自分としても納得がいくというか。古の人もこうだったんだっていう感じで、勇気づけられますよね。
大塚 そうですね。
大垣 ちょっと前までは、敬わないといけないみたいなのがあって。
残間 年長者を?
大垣 うん。それが今度は、逆に厄介者みたいな感じがあって、それが、等身大っていうか、厄介かどうかはしらないけれども、面白いみたいな、そういうところがいいですよね。
美顔も整形も、昔から医学書に掲載されていた
残間 私たちは、文化や文明が発達・進歩したので、だいぶ違う生活をしていると思っていたら、大塚さんの著書を拝見すると、そんなに、たとえば、美顔術とか、整形とかっていろんなことがあるけれども、やんごとなき姫君たちは、昔からも、そういう、髪の毛を綺麗にするとか、いろんなことをやってるんですね。
大塚 結構医学書なんかにも、白髪を黒く染める方法とか、シミを取る方法なんていうのが載ってたりするんですね。
大垣 みんな一緒なんだ。
鈴木 そうなんですか。
古典を読んでいると、むしろ「今が一番いい」と思うことも・・・
大垣 そういう観点からすると、リスナーの皆さんも、割と似たような世代の方が多いと思うんですけど、こういうのをお読みになっていて、皆さんに、こういうところはイタダキかもっていうような点ってございますか?
大塚 古典文学を読んでいると、結局、今が一番いいっていうふうに感じてしまうところは多いです。
大垣 なるほど。
残間 それはそれでいいですね。
長寿はめでたくても、老いはよくないもの
大塚 やっぱり、古典では長寿はめでたいけど、老いは基本的によくないものとして描かれているんですよ。
大垣 長寿はめでたいけど、老いは。
大塚 よくないというか、たとえば源氏物語では、「老いてはべれば醜きぞな」っていう。
大垣 ああ、ありますね。
大塚 老醜みたいな言葉もあるぐらいで。そんな中でも自分を貫いて逞しく生き抜いた人たちがいて、そういうのを本に取り上げたっていうところもあって。どんな状況でも、時代でも、頑張っている人がいたっていうのは、励まされますよね。
大垣 文学の中に取り上げられるっていうこと自体、ただマイナスなイメージっていうよりは、それが、そういう中に出てくるっていうことは、ポジティブに見たいとか、そういうところがあったんですかね。
残間 大塚さんはさっきそうはおっしゃったけど、今でも一皮剥くと、やっぱり、老いは醜きものというか、老いは悲しいものっていうふうに、自分自身の実感も含めてなんですけどね。やっぱり、若い頃は違ったなっていう感じって、どうしても否めないですよね。
歴史を生き抜くには、老いのしたたかさが必要
残間 そういう中にあって、私もずっと、コロナ禍になって、鬱々してたんですけど、この『くそじじいとくそばばあの日本史』を読んでね、正直、ちょっと脱することができました。
大塚 えっ、本当ですか。嬉しいです。
残間 貪欲とか、したたかって、みんないいことに捉えないけれども、歴史を生き抜くって、そういうパワーがないと生き抜けないわけですよね。
大塚 そうなんです。古典文学のすごいのは、そうやって、醜いとか、老いっていうのを描くだけじゃなくて、そこにもパワーがあるって意味づけするんですよね。
長寿を司る「ブスの神」の存在が教えてくれるもの
大塚 たとえば神話だったら、すごい美人な神とブスな神様がいるんですよ。美人な神様は繁栄をもたらして、ブスな神様は、その二人が現れて、男神が現れて、美人だけ取っちゃったから、繁栄は得られるけど、ブスな神様って実は長寿を司る神様だったんです。
大垣 へえ。
大塚 だから、人間は寿命があって、長生きできないっていう、そういう神話なんですけど、つまりそういう醜いものっていうのは、長寿を司るとか、そういう、意味合いを与えられているんですよね。だから、やっぱり、老いを粗末にしたり、醜さを粗末にすると、短命になるっていう教訓みたいなものがあって。
大垣 居直っちゃって、醜くいこうよっていうことなのかな。
大塚 そうですね。どんな人も老いていくわけだから、それを蔑ろにすると、しっぺ返しを食らうっていうことじゃないかと。
大垣 醜くて何が悪いっていう感じで。
鈴木 生きてやると。
大垣 そうやって、元気なおじいさん、おばあさんがいてくれたら、国的にはそのほうがいいわけだもんね。
大塚 そうですよね。
残間 美醜っていうことについての観念も違うしね。
大垣 うん。
大塚 そうですね。
残間 やっぱり、「可愛い」っていう日本語が突然全面に出てきてから、ブスでも可愛い人のほうが、綺麗で冷たい人よりはいいとかって(笑)。
大垣 なんだかよく分かりませんけどね(笑)。
大塚 でも、古典ではやっぱり、若いっていうのが美で、老いが、醜さだけど、でも、その老後に価値があるっていうのが古典の良さだと。どっちかだけ取ると、すごいしっぺ返しをくらうっていうところが、やっぱり、癒されるっていうか。
残間 うん、うん。
大垣 そうですよね。で、弱いものでございますからって内にこもっちゃうと、今度は介護してあげないといけない人になったりして、かえって面倒くさいんですもんね。
大塚 それはしょうがないような(笑)。
大垣 やっぱりくそじじいで頑張っていこうっていう感じかなと。
マイナスをプラスにする古典の力
大塚 私が古典文学をずっと続けてきたこととつながるんですけど・・・。
私、子供時代から、学校にも家にも居場所がなくて、居心地が悪くて。古典や歴史にいかざるをえないっていうような状況だったんです。
逆にいうと、そういうマイナス要素っていうんですかね。それがあったから、古典にのめり込んで、懸命に居場所を求めて、結果的に好きなことを続けて、継続することができたっていうような。
マイナスをプラスにするっていうのできていることを考えると、やっぱり老いっていうのも、同じようなものがあるんじゃないかなと最近思います。
最新刊の『うん古典: うんこで読み解く日本の歴史』も発売中です
残間 最近の、4月に出た本も、タブーに挑戦されていらっしゃいますよね。
大垣 (笑)。もっとすごいことを書かれてますよね。
鈴木 最新刊『うん古典: うんこで読み解く日本の歴史』。
残間 鈴木さんが読み上げると全然違うけれどもね・・・。
鈴木 新潮社からです。
残間 これ今、ブームですよね、ある種のね。タブーだったものが、子供の世界で。
大塚 今、うんこ、ちょっとしたブームですよね。
大垣 計算のやつとか、そうですよね。
鈴木 ドリル。
残間 でも、大塚さんが書くとは思わなかった。
大塚 でも、うんこは、本当に1300年の昔から、うんこから神様が産まれたりとかしていますから。そういう、うんこを通じて、日本文化の深淵に迫るっていう本なんです。
大垣 (笑)。
残間 大塚さん、声も爽やかで綺麗だから。
鈴木 可愛らしいから。
残間 なんか、くそじじいとか、くそばばあとか、うんことかって言っても、いい感じに聞こえる。
大垣 本当ですね。
鈴木 いい単語に聞こえる。
大塚 ありがとうございます。
鈴木 うん古典と、くそじじいとくそばばあの日本史も、ぜひ、リスナーの皆さん。
残間 いや、勇気づけられますから、本当に。
鈴木 お時間が足りなくてすみません。
大塚 いえ、ありがとうございます。
残間 お声が聞けてとても嬉しかったです。
大塚 こちらこそ。
一同 ありがとうございました。
鈴木 きょうは古典エッセイストの大塚ひかりさんに、電話でお話をうかがいました。